『 Another Side からの手紙 #28 』

  世界は少しずつ形を変えてゆく
  俺達は流れ星 これからどこへ行こう
  So Good Night いつか君の胸に抱かれて
  Good Night どこか行きつく所もなく♪

 トランジスタ・ラジオからこの曲が流れていた頃、僕は一通の長い手紙を綴っていた。

 「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」、このアルバムがリリースされた時、
僕はちょうど二十歳を迎えようとしていた。人に理解してもらえない心の病に侵され、
行き先を見失っていた時でもあった。その頃の僕は少しイカレテいたに違いない。

 ラジオを聴いていると、ゲスト出演していた彼は、DJの質問に対し色々答えていた。
「ダイバー達はナポレオンフィッシュと泳ぐ日をいつも夢見ているんだ。」
「でも僕は、ナポレオンフィッシュがどのような魚なのかまだ知らないんだ。」

 たまたま手にした音楽雑誌の片隅に、ティーン・エイジャーから彼へのメッセージを
募集するコメントが記されていた。ふと気が付くと、僕はあと何ヶ月かで10代を終えてしまう。
僕は10代最後に、彼へのメッセージを残しておこうとペンを握っていたのだ。
僕は彼のリリースした曲それぞれに色々な思いを込めて書き綴った。
少し絵が得意だった僕は、長い手紙と一緒にナポレオンフィッシュを描写したイラストも添えておいた。


 しばらくすると、僕の家の郵便ポストに一枚の自筆葉書が届けられていた。

  アルバム<ナポレオンフィッシュ―――>
  を楽しんでくれてどうもありがとう。
  僕のようにものを創る人たちは、
  時々、<時代のアンテナ>と呼ばれる
  ことがあります。
  僕もこれからの時代がみえてくるような
  唄をうたい続けていきたい、と思います。
  いつも元気でいてください。
  Keep Question & Enjoy your life !
                1989.July
                佐野元春

 僕はこの手紙を手にした日から180度生まれ変われた気がする。
自ら風向きを変え、退屈なガラクタ達はどこかに捨ててしまうことにした。
僕が今、人と普通に接し社会で生きていられるのも、この手紙のおかげと言っても過言ではない。
それほど僕にとっては衝撃的で、そして重要な意味を持つ手紙だったんだ。

 このアルバムのカバーにはキャンバスに描かれた一枚の油絵が載っている。
一人の男がプール・サイドの高い見張り塔から下界を眺めている。
その男が彼とするならば、僕は水の中で空を見上げている小さな男の方だろう。
長く伸びた蔦をつかまえようと、僕は水辺で必死にもがいていたのかも知れない。
僕には見張り塔からいつも眺めてくれる人が必要だったんだ。
この手紙を手にしてから、僕はその距離が一歩近づいたような気がしていたんだ。
彼が海を渡り、このアルバムで一歩越えた何かを表現し始めたように、
僕は新しい居場所を求め、重いドアの外に飛び出す勇気が沸々と湧き始めていたんだ。


                    〜February 2008  S★MOTO〜