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『 Another Side からの手紙　＃３６ 』

　ライブハウスを出た後、僕は繁華街を外れた街の雑居ビルのエレベータを待っていた。
１０年前、同じように僕は、夜の街で初めて会った人に連れられてこのドアをくぐっていた。
初めてこのカウンターで口にした長期熟成されたまろやかなスコッチは、僕の記憶に強く残っている。
去年の秋に同じ質問を投げかけてみたが、やはり誰かが手放さない限りそのボトルは
廻ってこないようだ。もう僕は１０年も琥珀色の一滴に恋焦がれているんだ。

　このバーカウンターに並ぶ宝石のようなボトル達に偽者は混じっていない。
日本人向けにカラメルでごまかされた酒は頭を痛めるそうだ。
買い付けの際に、本物の酒は３０本に２本くらいの割合でしかめぐり合えないようだ。
確かに、別のショットバーで同じ銘柄を見つけたので飲んでみたが、僕のような酒の素人でも
その違いは明らかであった。

　僕が初めて店を訪れた際にスコッチを厳選してくれた女性のバーテンダーが
今夜は久しぶりに店に出ていた。
ここ何年か見かけないなと思っていたら銀座に出した店に出ていたようだ。
僕が誰も飲まないようなコーン・ウイスキーを飲み干すと、まろやかなスコッチを一杯出してくれた。
僕は多角形の氷に溶けるグラスの中のスコッチをゆっくり時間をかけて味わっていた。
この静かなカウンターで時々酒の話やラベルに刻まれた様々な寓話を聴いていると、
僕はとても穏やかな気持ちになれる。

　この小さなカウンターでは静かにグラスを傾けたい。
僕が本当に大切だと思う人だけを連れて来たい、あまり大勢では来たくないものだ。
今夜の君はまるで１０年前の僕を見ている様だった。
これから君も、このショット・バーの良さを少しずつ理解してくれたらいいな。



　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　〜July 2009　　Ｓ★ＭＯＴＯ〜